【企業法務コラム】妊娠を理由としたハラスメントと使用者の責任

更新日 2024年9月10日

【質問】

当社の妊娠した従業員から、「私の上司である営業部長が、従業員休憩室内で、私の妊娠を揶揄する発言を他の従業員にしていた。これは妊娠を理由としたハラスメントである。」との申告がありました。このような休憩室内での従業員の言動について、当社が責任を問われる場合がありますか。

【回答】

  • 男女雇用機会均等法は、事業者に対し、妊娠・出産等を理由に女性労働者を不利益に扱うことを禁止しており、適切な相談対応や就業環境の整備を義務付けています。これらの義務を怠ると、都道府県労働局長等による指導や勧告、企業名の公表の対象となることがあります。
  • いわゆるマタニティ・ハラスメント等を行った従業員には民法上の不法行為責任が生じ、会社は使用者責任を負う可能性があります。さらに、会社が良好な就労環境を維持する義務を怠った場合には、労働契約における信義則上の義務や不法行為法上の注意義務に違反するものとして、債務不履行責任や不法行為責任を問われることがあります。
  • 男女雇用機会均等法が定める事業主の措置義務に違反しただけで直ちに、事業主に損害賠償責任が発生するわけではありません。ただ、裁判例では、法人代表者による従業員の妊娠を理由とするハラスメントが不法行為に該当するかどうかの判断において、男女雇用機会均等法の規定を考慮したものもありますから、事業主が適切な措置を講じているかどうかは、使用者責任の有無や良好な就労環境を維持する義務の違反を判断する際の重要な考慮要素となると考えます。

【解説】

1. 男女雇用機会均等法

職場における妊娠、出産等に関するハラスメント(いわゆる、マタニティ・ハラスメント等)については、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」(以下「男女雇用機会均等法」といいます)第9条第3項が定めています。これによれば、事業者は、女性労働者が妊娠、出産、労働基準法に定める産前・産後の休業等を取得したこと等を理由として、当該女性労働者に対して解雇やその他の不利益取扱いをすることは禁止されています。

また、事業者は、職場におけるマタニティ・ハラスメント等によって当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならないとされています(男女雇用機会均等法第11条の3第1項)。

事業者が講ずべき措置に関し厚生労働大臣が定める指針としては、「事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成 28 年厚生労働省告示第312 号。以下「指針」といいます)があります。

指針では、マタニティ・ハラスメント等の内容を「制度等の利用への嫌がらせ型」と「状態への嫌がらせ型」に分類しています。「制度等の利用への嫌がらせ型」は、妊娠中及び出産後の健康管理に関する措置、産前休業など指針が掲げる妊娠、出産等に関する制度又は措置の利用に関する言動によって就業環境が害されるものをいいます(指針2(4))。他方、「状態への嫌がらせ型」とは、妊娠や出産をしたことなど指針が掲げる妊娠又は出産に関する事由に関する言動によって、就業環境が害されるものをいいます(指針2(5))。


職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに関して事業者が講ずべき措置としては、セクシャル・ハラスメントとほぼ同様の内容が定められています。具体的には、以下の措置を講じる必要があります(指針4)。

  • 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
  • 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
  • 職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
  • 職場における妊娠、出産等に関するハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための措置

事業主がこれらの義務を怠った場合には、厚生労働大臣や都道府県労働局長による報告の徴収や助言、指導又は勧告の対象となります(男女雇用機会均等法第29条)。また、勧告に従わなかった場合には企業名の公表の対象となります(男女雇用機会均等法第30条)。

2. 民事上の責任

(1) 使用者責任

会社の従業員がマタニティ・ハラスメント等を行った場合、被害者の人格的利益等を侵害するものとして、加害者に民法上の不法行為責任(民法709条)が生じることがあります。

加害者に民法上の不法行為責任が認められる場合、加害者の行為が「事業の執行について」行われたときには、使用者である会社が加害者である従業員の行為につき使用者責任を負うことがあります(民法715条1項)。

(2) 債務不履行責任・不法行為責任

使用者は、労働契約における信義則上の義務や不法行為法上の注意義務として、労働者に対して良好な就労環境を維持する義務を負っています。したがって、これらの義務を怠った場合、使用者自身に注意義務違反があるとして、上記(1)の使用者責任のほかに、使用者は債務不履行責任(民法415条)や不法行為責任(民法709条)を負うことになります。

(3) 男女雇用機会均等法と民事責任の関係

男女雇用機会均等法で定められた事業主の措置義務は、公法上の義務を定めたものですから、これらの義務に違反しただけで直ちに事業者が損害賠償責任を負うわけではありません。ただ、事業者が法令等に従って適切な措置を講じているかどうかは、事業者の使用者責任の有無や事業者が良好な就労環境を維持する義務を果たしているかどうかを判断する際に重要な考慮要素となります。

裁判例では、法人代表者による従業員の妊娠を理由とする不利益な取扱いやハラスメントが不法行為に該当するかどうかの判断に際し、男女雇用機会均等法が定める不利益取扱禁止に関する規定や事業主のハラスメント防止措置義務に関する規定等を考慮したものがあります(東京高判令和5年10月25日労判1303号39頁)。

3. 本件の検討

ご質問の事案では、従業員の妊娠を揶揄する営業部長の発言は、直接被害者本人に対してなされたものではありません。しかし、厚生労働省の指針によると、「状態への嫌がらせ型」のハラスメントは、妊娠等に関する発言などで就業環境が害されるものを指し、その典型例として、妊娠等をしたことで嫌がらせを受けること等が挙げられています。

したがって、指針におけるこのような規定や、当該発言が被害者の上司により従業員休憩室内で行われたものであることを考慮すると、妊娠を揶揄するような発言が被害者本人に直接されていない場合であっても、被害者である従業員の能力の発揮や継続就業に重大な悪影響が生じているようなときには、当該部長に不法行為の成立が認められる可能性があります。

また、従業員である当該部長に不法行為が成立する場合、ご質問の事案では被害者の上司が会社内で行った言動であるため、業務との関連性が認められる可能性が高く、使用者である会社も使用者責任の規定により損害賠償責任を負うことになります。

【執筆者】
弁護士 神保宏充

【参照法令等】

keyboard_arrow_up

0335950551 問い合わせバナー 事務所概要・アクセス