更新日 2024年2月20日
【質問】
インターネット上の転職サイトに、当社について「残業時間が月50時間に及ぶにもかかわらず、残業代が一切支払われない」という投稿が掲載されていることを発見しました。
当社は残業代を適切に支払っており、残業時間が月50時間を上回ることもなく、上記投稿の内容は明らかに事実と異なります。
投稿者を特定できていないのですが、民事法上、何らかの対抗手段を採ることができるでしょうか。
【回答】
- 会社に対する誹謗中傷や名誉・信用毀損(以下「誹謗中傷等」といいます)に対する民事上の法的措置として、①問題となっている投稿の削除請求と②投稿者に対する損害賠償請求を行うことが考えられます。
- 問題となっている投稿の削除請求(上記①)は、投稿されたサイトの運営管理者やサーバー管理者を調査した上で、当該管理者に対して行うことになります。
- インターネット上の誹謗中傷等は匿名でなされることが多いため、投稿者に対する損害賠償請求(上記②)は、まずは投稿者を特定する必要があります。投稿者の特定は、投稿されたサイトの運営管理者及び投稿者が契約しているインターネット接続事業者に対する発信者情報開示請求を行うことになります。発信者情報開示請求等による投稿者の特定後、当該投稿者に対して損害賠償請求を行うことになります。
- 投稿の削除請求(上記①)、発信者情報開示請求及び投稿者に対する損害賠償請求(上記②)が認められるための要件として、問題となっている投稿が「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害し」ていることが必要となります(「民法」第709条)。
- ご質問の投稿(以下「本件投稿」といいます)は、会社の名誉権を侵害していると考えられますので、投稿者を特定した上で名誉毀損を理由とする不法行為に基づく損害賠償を請求することになります。
【解説】
会社に対する誹謗中傷等を内容とするインターネット上の投稿については、民事法上、①ウェブサイト運営管理者等に対する投稿の削除請求と、②投稿者に対する損害賠償請求が考えられます。
1.ウェブサイト運営管理者等に対する投稿の削除請求
多数のユーザーが情報を発信する口コミサイトのようなウェブサイトの場合、投稿を削除する権限を有するのは投稿者本人ではなく、当該ウェブサイトの運営管理者やサーバー管理者(以下、併せて「ウェブサイト運営管理者等」といいます)です。
そのため、投稿の削除請求を行う場合、まずはウェブサイトを調査してウェブサイト運営管理者等を特定する必要があります。
投稿の削除請求の方法としては、以下のものが考えられます。
①メール又はオンラインフォームによる削除依頼
②送信防止措置依頼書の送付
③削除の仮処分の申立て
(1) メール又はオンラインフォームによる削除依頼
投稿が掲載されたウェブサイトにウェブサイト運営管理者等の連絡先が表示されている場合は、メール又はオンラインフォームにより当該連絡先に投稿の削除を請求します。
(2) 送信防止措置依頼書の送付
ウェブサイト運営管理者等に対する削除請求の方法としては、テレコムサービス協会の書式(テレサ書式)により作成した送信防止措置依頼書を送付する方法もあります。
(3) 削除の仮処分の申立て
ウェブサイト運営管理者等は、投稿の削除請求を受けると、自主的な削除の要否を検討します。自主的な削除の要否を判断することが困難な場合は、投稿者に対して削除請求について意見照会を行い、投稿者が削除に応じる場合は投稿を削除します。
ウェブサイト運営管理者等が投稿の削除に応じない場合には、裁判手続による削除請求を検討することになります。通常の民事訴訟(削除請求訴訟)は審理に時間を要しますから、削除請求については民事保全法の仮処分を申立てるのが一般的です。
a. 投稿削除の仮処分の申立手続
投稿削除の仮処分を申立てる場合は、①被保全権利と②保全の必要性を疎明する必要があります(「民事保全法」第13条)。
なお、仮処分命令の発令の際には、債権者に担保金の供託が命じられるのが通常です(「民事保全法」第14条1項)。
b. ご質問の場合
ご質問の場合の被保全権利は会社の名誉権となります。
名誉権の侵害(名誉毀損)については、問題の投稿が事実を適示して会社の名誉を毀損するものであることを疎明するほか、投稿の削除は表現の自由を制約することになるので、投稿の内容が違法であること、すなわち、当該投稿がⅰ)公共性、ⅱ)公益目的、又はⅲ)真実性といった違法性阻却事由を欠いていることを疎明する必要があります。
保全の必要性としては、表現の事前差止の場合、被害者が重大にして回復困難な損害を被るおそれがあることを疎明する必要がありますが(最大判昭和61年6月11日民集第40巻4号872頁)、ご質問の場合は、投稿がインターネット上で既に公開されているため、この要件は比較的緩やかに解されることになります。
2.投稿者に対する損害賠償請求
投稿により会社の名誉権が侵害されている場合、会社は、投稿者に対して不法行為に基づく損害賠償請求をすることができます(「民法」第709条)。投稿者が会社の従業員である場合には、債務不履行に基づく損害賠償請求をすることも考えられます(「民法」第415条)。
名誉権の侵害の有無については、一般人を基準として、投稿により社会的評価が低下しているか否かが判断されます。
ただし、投稿者の表現行為(投稿内容)が、ⅰ)公共性を有する事実に関するものであり、ⅱ)公益目的をもってなされ、かつⅲ)表現行為において示された事実が真実である場合には、違法性が阻却されます(真実性の抗弁)。
また、上記ⅲ)の要件を満たさない場合であっても、表現行為(投稿内容)において示された事実が真実であると投稿者が信ずるについて相当な理由があった場合には、過失がないとして免責されます(相当性の抗弁)。
なお、名誉毀損が問題となる事案では、社会的評価の低下を客観的に図り、それを金銭に換算すること、投稿行為と損害の間の因果関係を立証することが容易ではありません。また、民事訴訟には時間と費用を要しますから、裁判外の交渉や裁判上の和解による解決が図られることも少なくありません。
3.投稿者の特定のための手続
(1) 発信者情報開示請求
インターネット上の誹謗中傷等は匿名でなされることが多いため、損害賠償請求に関しては投稿者を特定できない場合が少なくありませんが、インターネット接続事業者が投稿者の住所氏名等の情報(以下「契約者情報」といいます)を保有しています。
インターネット接続事業者に契約者情報の開示を請求するためには、まず投稿者のIPアドレス(投稿する際に使用するパソコンやスマートフォンに割り当てられる識別番号)及びタイムスタンプ等(投稿した日時に関する記録)を特定する必要があります。
投稿者のIPアドレスはウェブサイト運営管理者等が保有していますから、まずはウェブサイト運営管理者等に対して、IPアドレスやタイムスタンプ等の情報の開示を求めることになります。
上記情報のうち、インターネット接続事業者が保有する契約者情報については保管期間の問題がないため、通常の民事訴訟を提起して情報開示を請求することになります。
他方、ウェブサイト運営管理者等に対するIPアドレス等の開示請求は、インターネット接続事業者が保有する通信記録(通信ログ)は保管期間が短いため、仮処分によるのが通常です。仮処分における被保全権利は発信者情報開示請求権となるため、a)請求する者の権利が侵害されたことが明らかであること、及びb)開示を受けるべき正当な理由があることを疎明する必要があります。
ユーザーID等を入力することにより自らのアカウントにログインした状態で投稿を行うログイン型投稿である場合には、上記a)及び上記b)の要件に加えて、c)補充性の要件を満たす必要があります(「プロバイダ責任制限法」第5条)。
(2) 発信者情報開示命令
上記発信者情報開示請求手続は、ウェブサイト運営管理者等とインターネット接続事業者に対して、それぞれ個別に行わなければなりません。
そこで、改正「プロバイダ責任制限法」(令和4年10月1日施行)は「新たな裁判手続」(非訟手続)を創設し、ウェブサイト運営管理者等に対するIPアドレス等の開示命令を申し立てるとともに(「プロバイダ責任制限法」第8条)、提供命令の申立てを行うことができることとしました(「プロバイダ責任制限法」第15条1項)。
ウェブサイト運営管理者等に対する開示命令を発令する前の段階であっても、提供命令の申立を受けた裁判所は、ウェブサイト運営管理者等に対し、①インターネット接続事業者の氏名等の情報を申立人に提供するよう命じるとともに、②ウェブサイト運営管理者等が保有するIPアドレス等をインターネット接続事業者に提供するように命じることができます(「プロバイダ責任制限法」第15条1項)。
上述のとおり、インターネット接続事業者が保有する通信記録(通信ログ)は短期間で消去されてしまいますが、上記①の提供命令により、申立人はウェブサイト運営管理者等に対する開示命令を待つことなく、インターネット接続事業者に対する消去禁止命令の申立てをすることが可能になりました。
また、上記②の提供命令があると、インターネット接続事業者は発信者情報を特定・保全することになります。
さらに、発信者情報の消去を防ぐため、裁判所は、発信者情報開示命令事件の当事者の申立てにより、開示命令事件が終了するまでの間、ウェブサイト運営管理者等が保有する発信者情報の消去の禁止を命じることができます(「プロバイダ責任制限法」第16条)。
なお、上記非訟手続は、開示要件の判断が比較的容易で当事者が対立していない事案の審理を簡易迅速に行うことを想定するものであり、改正「プロバイダ責任制限法」の下でも従前の発信者情報開示請求訴訟を利用することが可能です。
【執筆者】
弁護士 滝沢馨