【企業法務コラム】労働条件の不利益変更

質問

当社では就業規則の改定を検討しています。この改定により、労働条件の一部が従業員の不利益に変更される可能性があるのですが、その場合、どのような点に注意したらよいでしょうか。

回答

  • 労働条件を従業員の不利益に変更する場合は、当該変更について従業員と合意する必要があります。
  • もっとも、従業員との合意がなくても、就業規則を変更することにより、労働条件を変更することが可能です。ただし、(1)就業規則の変更に合理性があり、(2)当該変更が従業員に周知される必要があります。

解説

1.就業規則による労働条件の変更

労働契約の内容となっている賃金、労働時間等の労働条件は、契約当事者である使用者と労働者が合意しなければ変更できないのが原則です。

就業規則を変更する場合も同様で、労働契約の内容となっている労働条件に関しては、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、これを労働者の不利益に変更することはできません(労働契約法第9条本文)。

ただし、使用者は、労働者との間の合意がなくても、(1)就業規則の変更に合理性があり、かつ(2)変更された就業規則が労働者に周知されている場合には、就業規則の変更により労働条件を不利益に変更することが可能です(労働契約法第9条ただし書、第10条本文)。

2.就業規則の変更の合理性

就業規則の変更の合理性は、その変更に係る事情に基づき判断されます。労働契約法10条は、その場合の主要な判断要素として、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況を挙げています。

(1) 「労働者の受ける不利益の程度」

「労働者の受ける不利益の程度」とは、就業規則の変更により労働者が受ける不利益の程度をいい、変更された労働条件の内容が検討の対象となります。

(2) 「労働条件の変更の必要性」

「労働条件の変更の必要性」は、上記「労働者の受ける不利益の程度」との相関関係において検討され、労働者の受ける不利益の程度が大きいほど、労働条件を変更する高度の必要性が要求されると考えられています。

例えば、就業規則を変更することにより55歳以上の労働者の賃金削減を実施したことが問題となった判例(最判平成12年9月7日民集54巻7号2075頁)では、「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受認させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいて合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」という判断が示されています。

(3) 「変更後の就業規則の内容の相当性」

「変更後の就業規則の内容の相当性」とは、変更内容全体の相当性をいい、就業規則の内容自体の相当性のほか、代替措置の有無や経過措置の有無等も考慮されます(「労働契約法の施行について」(平成24年8月10日基発0810第2号)第3の4(3)オ(カ))。

    (4) 「労働組合等との交渉の状況」

    「労働組合等との交渉の状況」とは、労働組合等事業場の労働者の意思を代表する者との交渉の経緯、結果等をいうとされています(「労働契約法の施行について」(平成24年8月10日基発0810第2号)第3の4(3)オ(エ))。

    この判断要素については、「不利益性の程度や内容を勘案すると、賃金面における変更の合理性を判断する際に労組の同意を大きな考慮要素と評価することは相当ではない」と判示した判例(前掲・最判平成12年9月7日)があり、個別具体的な事情によって考慮される程度は異なると考えられます。

    (5) 小括

    不利益変更の合理性が問題となる場面としては、賃金制度の改定(賃金の減額や固定残業制の導入等)、休暇制度・労働時間に関する就業規則の改定や退職金制度の改定等が考えられますが、それぞれの事案について、上記の判断要素を含む個別具体的な事情を考慮して、就業規則の変更の合理性を判断する必要があります。

    3.変更後の就業規則の周知

    変更後の就業規則の周知については、実質的に労働者が変更内容を知りうる状態にしておくことを意味すると解されています。労働者が知りうる状態にしていた場合には、労働者が実際に就業規則の変更について知ったかどうかは問われないとされています。

    例えば、各課の部門長に就業規則の写しを保管させるとともに、就業規則の原本を事務室に備え付け、そのような保管状況である旨を労働者に対して開催された説明会で説明していた事案(横浜地判平成23年10月20日)や、給与規定の改定について労働組合等に対し通知したうえで、改定した給与規定を社内に掲示した事案(東京高判平成26年2月26日労判1098号46頁)においては周知性が認められています。

    他方、就業規則の変更により退職金制度を労働者に不利益に変更した事案では、全体朝礼で制度の変更について説明をしたものの、制度の変更内容を一般従業員が直ちに理解することが困難な状況であったにもかかわらず、全体朝礼を開催するにあたり労働者に対し制度変更の必要性や労働者にとってのメリット、デメリットなどを記載した説明文書等を一切配布・回覧しなかったこと、また、社内に掲示された就業規則には退職金額の決定及び計算に関する具体的な定めや添付資料がなかったことなどを理由に、実質的に周知されたとは認められないと判断されました(東京高判平成19年10月30日労判964号72頁)。

    この裁判例は、就業規則の周知について、退職金の具体的な計算方法の説明を要求していますから、賃金制度や退職金制度を変更するような場合には、単に就業規則の変更を周知させる手続をとるだけではなく、変更後の賃金や退職金の計算方法等について具体的な説明を行わなければ、就業規則の変更が周知されていなかったとされる可能性がありますので注意が必要です。

    4.その他の留意点

    上記要件を充たす場合には、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより労働条件を不利益に変更することができます。ただし、以下の点に留意する必要があります。

    • 労働契約において、就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意されている労働条件は、就業規則により不利益に変更することはできません(労働契約法第10条ただし書)。
    • 就業規則の変更について、使用者は、労働者の過半数で組織された労働組合、そのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者の意見を聴取し、その意見を記した書面を変更後の就業規則を届け出る際に提出しなければなりません(労働基準法第90条)。

    【青笹真理】

    keyboard_arrow_up

    0335950551 問い合わせバナー 事務所概要・アクセス